なぜ「備蓄」がここまで重要なのか
ここからは、スタッフにも共有した"現実的な話"です。備蓄というと大げさにも聞こえますが、私は次の一点が最大の理由だと思っています。
長野市において本当の問題は「家が倒れるか」ではなく「物が届かなくなる」こと
長野市は沿岸部のように津波で壊滅する可能性は低いかもしれません。ですが、巨大災害の本質は別にあります。
この結果、物流が止まり、スーパーの棚から物が消えます。しかも、数日ではありません。数週間、場合によっては数か月単位で、お金があっても買えない状態が続く可能性があります。
支援は来る。でも優先順位がある
支援は必ず来ます。
しかし優先順位は現実として、
となります。内陸の長野県は「助かったのだから自分たちで何とかしてね」と、後回しになる可能性が高い地域です。だから結論は一つです。
「自分たちの生活は、自分たちで守るしかない」
備蓄は難しくない。やるべきことはシンプル
備蓄というと特別なことに聞こえますが、基本は以下だけです。
そして重要なのは、買い置きして終わりではなく、ローリングストックです。
普段食べるものを少し多めに持ち、古いものから使い、使った分だけ補充する。これなら無理なく続きます。
"災害が起きてから考える"は遅い
いざ地震が来てから近所のスーパーに行ったとして、今と同じ金額で同じ物が買えるでしょうか。在庫が豊富にあるでしょうか。買い占めは必ず起こります。誰だって「少し多めに」と思います。だからこそ、その時になって文句を言っても遅すぎるのです。
また、「家が米を作っているから大丈夫」と考えるのも危険です。治安が今と同じように維持される保証はどこにもありません。警察や消防も、被害の大きい地域に派遣されるでしょう。防犯やセキュリティも含めて"生活を守る準備"が必要になります。
最後に:備えている人だけが、普通の生活を守れる
災害は誰にでも起こり得ます。特に南海トラフのように繰り返し起きる地震は避けることができません。
でも、災害のあとに「どんな生活になるか」は、起きる前の準備で大きく変わります。
何も準備していなければ不安になります。最悪を想定して準備していれば、冷静に過ごせます。
オアシスは日々の診療でも、「常に最悪を想定して動く」ことを大切にしてきました。
その力は、災害時にも必ず活きます。
特別なことをしなくていい。日常の延長として、少しだけ意識を変える。そして、「自分の大切な家族を守れるのは自分しかいない」と腹を括って、準備する。
備えていた人だけが、普通の生活を守れます。
私はそう信じていますし、だからこそオアシスとしても、スタッフ一人ひとりとしても、今から備えを進めていきたいと思います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
防災は、気合いや根性で乗り切る話ではありません。「想像する力」と「準備する習慣」で、未来の不安を現実的に小さくしていく取り組みだと思っています。
災害は、起きてほしくないものです。けれど、起きない保証はありません。だからこそ私たちは、"起きたあとにどうするか"ではなく、"起きる前にどこまで整えておけるか"を考える必要があります。準備がある人は冷静でいられる。準備がない人は不安に飲み込まれる。その差が、災害後の生活を大きく分けます。
オアシスとしての基本方針は変わりません。大規模災害のとき、医院の継続よりもスタッフとその家族の生活を最優先する。そのために給与保障や備蓄、連絡体制を整えます。ただし、医院ができることには限りがあります。最終的に自分と家族を守れるのは、自分自身の備えです。だからこそ、医院の備蓄と、各家庭の備蓄は"どちらか"ではなく"両方"が必要だと考えています。
備蓄は特別な人だけのものではありません。普段食べているものを少し多めに持つ。水を確保する。使った分を補充する。たったそれだけでも、いざというときに守れるものが増えます。今日から一歩だけ前に進めば、半年後、1年後の安心感は確実に変わります。
そして何より、私はオアシスのスタッフ一人ひとりに「不安の中で孤立してほしくない」と思っています。困ったときは遠慮なく相談してほしい。医院は診療の場であると同時に、いざという時に支え合える"チームの拠点"でありたい。そのために、これからも一つずつ準備を進めていきます。
最後に。
備えは「怖がるため」ではなく、「守るため」にあります。自分の大切な人を守るために。チームを守るために。地域の暮らしを守るために。
今日の小さな準備が、未来の大きな安心につながります。これからも一緒に、現実的に、着実に備えていきましょう。
